コーア・クリントはデンマークの代表的なデザイナーです。
彼が提唱するデザイン方法論は現代の椅子デザインにおいて、大きな影響をもたらしました。
この記事では、コーア・クリントの成り立ちやデザインの特徴、代表作について詳しく解説します。
北欧モダン家具の父コーア・クリントとは?
デンマークを代表するデザイナー「コーア・クリント」は1888年12月15日に、コペンハーゲンに隣接する「フレデリクスベア地区」に生まれました。
家具デザインを語るうえで欠かせない人物であり「デンマークモダン家具デザインの父」とも呼ばれています。
伝統を大切にしながら、美しさと機能性を高める「リ・デザイン」の精神と、建築で用いられる数学的アプローチを活かす、もの作りの手法は後のデザイナーたちにも広く浸透しました。
15歳から父親の元で建築技術を学ぶ
父親の「イェンセン・クリント」は建築家であり、コペンハーゲンの「グルントヴィーク教会」の設計をしたことで有名です。
若い頃は絵画を学んでいたコーア・クリントですが、父の姿を見て関心をもち15歳から建築の勉強を始めます。
その後、建築家「カール・ピーターセン」の事務所でアシスタントを務め、家具デザインにも魅力を感じるようになりました。
ファーボー美術館の家具デザインで頭角を現す
デンマーク「ファーボー」に新設される「ファーボー美術館」の家具デザインを担当したことがきっかけとなり、クリントの才能が花開きます。
彼は、このプロジェクトにおいて既にデザイン方法論を実践していたのです。
1941年に館内の展示室のために手掛け代表作となった「ファーボーチェア」は、古代ギリシャ時代に流行した美しく機能的なチェア「クリスモス」のリ・デザインです。
当時使われていたものは残っておらず、壁画などを参考に作られています。
背もたれと座面の寸法には黄金比が用いられ、数学的アプローチを使っていることが分かります。
ファーボー美術館で家具デザインを担当した経験は、当時26歳だったクリントにとって大きな糧となりました。
王立芸術アカデミーで講師のキャリアを積む
クリントはデンマーク王立芸術アカデミー家具科の講師として、後進の育成にも力を注ぎました。
ファーボー美術館の活躍などで評判を高め、1924年に家具科の設立に携わったことがきっかけとなったのでしょう。
1944年に家具科の初代教授となり、亡くなる1954年まで後輩たちの指導に努めました。
教え子たちへ受け継がれたデザイン方法論は、数多くの名作誕生につながっています。
父の没後に教会建築と内部デザインを引き継ぐ
父親が亡くなったあと、クリントはコペンハーゲンの「グルントヴィ教会」と「ベツレヘム教会」二つの教会の建築と内部のデザインを引き継ぎ、教会で使用する椅子や紙製の照明などを手掛けました。
「グルントヴィ教会」においては、クリントの息子「エスベン・クリント」がシャンデリアやパイプオルガンをデザインしています。
コーア・クリントの主な功績
クリントは後の家具デザインに影響をもたらす、数々の功績を収めています。
ここからは具体的な例を解説します。
時代に流されず伝統的なクラフトマンシップを重視
クリントは時代に流されず、昔から伝わる職人技術を大切にしていました。
ドイツの総合芸術学校「バウハウス」を中心に、大量生産を前提とした合理的なもの作りが推進されるなか、デンマークでは特有の発展を遂げます。
クリントは家具デザイン分野で舵をとり、モダニズムの本質を実現しました。
その結果「伝統を守りながら、より良いものを生み出し人々の暮らしに届ける」という北欧スピリットが確立したのです。
古典から新しい価値を生み出す「リ・デザイン」を提唱
クリントが提唱するデザイン方法論のなかに「リ・デザイン」の概念があります。
伝統を切り離すのではなく真摯に向き合い、新たに作りなおすという考え方です。
クリントは世界各国で昔、使われていた椅子を分析し、デザインに役立てました。
「古典は我々よりもモダンである」という彼の発言からも、伝統的な手法に対する敬意が伺えます。
数学的アプローチによる家具作りに着手
クリントは数学的アプローチを取り入れた、家具作りに挑戦しました。
昔から日本人にも馴染み深い比率「1:1.141」の白銀比を応用したのです。
また衣服や日用品の寸法、平均的な所有数など、あらゆる数字を分析し、家具のサイズや配置決めに活用しています。
リ・デザインとともに数学的アプロ―チを用いることで、優れた機能美を実現させました。
数多くの有名家具デザイナーを育成
「オーレ・ヴァンシャー」や「ボーエ・モーエンセン」など、数多くの有名デザイナーを育てましたのもクリントです。
彼が提唱する方法論を学び、作品づくりに取り入れた人々を「クリント派」と呼びます。
一方で独自の手法でデザインを手掛ける「非クリント派」の人たちもいました。
「アルネ・ヤコブセン」や「フィン・ユール」といった建築家や、色彩を軸に作品を生み出す「ヴェルナー・パントン」が、その一例です。
コーア・クリントが手掛けた有名な北欧家具
伝統を大切にしながら、より使い心地の良い家具を生み出したクリント。
どの作品からも厳格な雰囲気が漂います。
ここからは、代表的な北欧家具を4つご紹介します。
見た目と使用感が軽やかなファーボーチェア
「ファーボーチェア」はファーボー美術館の展示室用にデザインされました。
ラタンを用いた軽やかな見た目が印象的です。
実際の重さも抑えているため、移動させるときもスムーズ。美術作品の前に持ち運び、じっくり鑑賞できるよう考慮されています。
レザーならではの重厚感が漂うレッドチェア
革張りの背もたれと座面に、厳格さが漂う「レッドチェア」。
18世紀中期イギリスの家具様式「チッペンデール様式」の椅子をリ・デザインしています。
背もたれの華やかな装飾を無くしたことで、モダンな雰囲気を演出。前後脚をつなぐ木材の位置と座面のカーブには、もとのデザインが採用されています。
組み立て式が特徴のサファリチェア
「サファリチェア」は南アフリカを中心に、イギリス人がサバンナで狩猟活動をするときに使っていた椅子をリ・デザインした作品。
テント生活では移動が必要なので、解体して小さくまとめられるのが特徴的です。
世界初といえる初期の組み立て式の家具かつ、個性的な構造にクリントは魅了されました。
1933年に「コペンハーゲン家具職人ギルド展」にて発表されています。
デンマークの教会初となる独立型のチャーチチェア
「チャーチチェア」は父から受け継いだ教会の内部で使用するためにデザインされました。
シェーカー教徒がコミュニティー内で製作していた椅子「シェーカーチェア」をヒントに作られたもので、デンマークの教会では初となる独立タイプとなりました。
シンプルながら温もりを感じる佇まいは、横一列に並べたときに静かな存在感を放ちます。
背もたれに讃美歌集を入れるためのボックスを取り付けたり、座面下に手荷物を収納するためのスペースを設けたりと機能性にも配慮されています。
北欧家具の始祖といえる重要な人物
デザイン方法論を広め、北欧家具の土台を築きあげたコーア・クリント。
後に登場するデザイナーや名作誕生のきっかけとなった重要人物です。
彼がいなければ現在の椅子デザインは存在しなかったかもしれません。
功績や作品だけでなく、周りの人間関係を知ることは歴史を学ぶうえで欠かせない要素といえるでしょう。