「パッシブデザイン」という言葉に聞き覚えのない方も多いかもしれません。機械だけでなく、自然の持つエネルギーを利用して快適な暮らしを実現しようとする建築手法です。
パッシブデザインは、省エネや地球温暖化といった時代の傾向に合わせて注目されつつあります。
こちらでは、パッシブデザインの特徴やその手法、実現方法と問題点を見ていきます。これから家を建てる方への参考になるアイデアもありますよ。
目次
パッシブデザインとは
パッシブデザインの「パッシブ」とは、自分からは働きかけない受動的という意味があります。
パッシブデザインに応用すると、機械に自分から働きかけない、極力頼らないで快適な生活ができる建物をデザイン、設計することを指します。
機械に頼らない生活とそのための建築とはどんなものでしょうか。
こちらでは、パッシブデザインの特徴と、どんな経緯でパッシブデザインが発展してきたのか説明します。
パッシブデザインの特徴
日中光が差し込み、夏は涼しく、冬は暖かい家があったら良いですよね。その環境を照明やエアコンなどの機械に頼らず、建築設計で実現しようというのがパッシブデザインの基本です。
その実現には、まず自然の力を理解することが重要です。パッシブデザインを利用した家には天窓が設置されることがありますが、これには熱い空気が上昇するという自然のしくみを利用しています。
自然の力を理解しなければ、パッシブデザインは機能しないでしょう。 また、季節や気候、地域や立地、住む人の使い方でもデザインは異なります。
土地の気温、相対湿度、日射量、風速、風向の変動の統計をとって、それに合わせた建築設計を行うなど、パッシブデザインには地域の自然条件の把握と、地域環境の情報収集や分析が欠かせません。
そして、忘れてならないのは、パッシブデザインだけで電気やガスの使用はゼロにならないということ。
日中いくら明るくても、夜になれば照明が必要になります。暑かったり寒くなればエアコンを使います。パッシブデザインは、必要に応じて機械で快適な生活を確保するという考え方なのです。
パッシブデザインが注目される理由
パッシブデザインの考え方が芽生えたのは1970年代頃と考えられます。
石油危機により天然資源の枯渇が問題視され、米国では建築デザインに太陽熱を利用する「パッシブ・ソーラー」という発想が生まれました。
その後、地球温暖化が話題に上ると共に、世界的にパッシブデザインが重要視されるようになります。
日本では、2011年の東日本大震災以降、原発事故で再生可能エネルギー源の固定買取制度や太陽光発電の補助金政策が進み、省エネルギーがブームに。
その後、固定買取価格規制の終了や、補助金の減少などで太陽光発電が下火になると共に、パッシブデザインをとり入れた家づくりが一般に広がりつつあります。
パッシブデザインの5つの設計項目
パッシブデザインは「断熱性・気密性」、「日射熱利用暖房」、「日射遮へい」、「自然風の利用」、「昼光利用」の5つを基本にして設計を考えます。
それぞれの重要性は夏と冬で異なり、方法は、地域、立地、住む人の趣向によってさまざま。効果とバランスを見ながら設計します。
項目ごとに具体的にどんな効果があり、どんな方法で実現できるか見ていきましょう。
断熱性・気密性
パッシブデザインを意識しない一般の住宅建設でも取り入れることが多いのが断熱性や気密性です。
特に冬の寒い時期に有効で、屋根や天井、壁や床に断熱材を入れたり、隙間に気密テープを貼るなどして、保温性や気密性を高めます。断熱性や気密性を高めれば、部屋ごとの温度差を抑えることもできます。
でも、一定の断熱性能が得られないとデメリットが大きいため、断熱材をむやみに入れるのは危険です。
地域ごとに建物全体の断熱性能の指標「UA値」や、換気・漏気・断熱性能を含む保湿性能の指標「Q値」の基準値が定められているので、この基準値に応じて断熱性能を高めると、保温性に満足度の高いレベルを実現できると言われます。
日射熱利用暖房
冬の日射を室内にとり入れて、断熱性能で昼にとり入れた熱を夜も保つようにするのが日射熱利用暖房です。
その実現には、熱をとり入れる「集熱」、とり入れた熱を逃がさないようにする「断熱」、熱をため込む「蓄熱」を考えます。
その必要性と効果は、気候や地域、建物ごとにも異なるため、一軒ごとに陽の当たり方や強さを予測して、設計に生かすべきです。うまく機能すれば、夜でも暖房をつけない日もあるかもしれません。
日射遮へい
暑い日差しの熱を建物内に入れないようにして、室温を保つ日射遮へいは、夏の暑い時期にはとても重要な対策です。
一般的な一軒家に優れた断熱材が使用されていても、日射遮へいには配慮されないケースがよく見られます。
断熱性が高いと、夏の暑さが室内から逃しにくくなることもあり、両方の効果を考えて設計を進めなければいけません。
日射熱の約75%が窓から入ってくることを考えると、ひさしや軒をつけたり、ブラインドやシェードなどで窓の外側から日射をカットするのが効果的。
窓以外では、屋根や外壁に日射を反射しやすい素材を使ったり、夏の日差しが当たる方向に木を植えたり、ゴーヤーやアサガオなど、つる性の植物で緑のカーテンを作るのも効果が得られるでしょう。
自然風の利用
自然風は、夏に太陽の熱い熱を逃がし、涼しさをもたらしてくれます。建物の中を通る風の動きを予測して、窓の大きさ、配置を考えます。
方法としては、吹き抜けを通して下階と上階に風を送る、最上階の上に窓をつけて建物に溜まった熱を逃がす、壁や屋根のデザインを工夫して風の流れを変えるなど、さまざまです。
風は、住宅密集地、高台、その地域に吹く特有の風など、地域の特性を踏まえて考えることも大事です。
昼光利用
太陽の光を利用して、季節を問わず、日中はなるべく照明器具を使わずに室内を明るくします。窓から自然光をとり入れ、室内の奥までその光が届くように設計。
窓は縦長のものが概ね均一に光をとり込めます。
昼光は方角や周囲の建物がおおいに関係しますが、吹き抜けにして上階から下階に光を通す、天窓から光を落とす、室内のドアを透明や半透明にしたり、欄間にして奥まで光を届けるなど、立地が悪くても工夫できる例は色々あります。
5つの設計手法におけるアイデアや工夫例とは
これまで見てきた5つの設計手法は、相反する部分もありますが、工夫次第で全項目の実現も可能です。
例えば、冬の日射熱利用と夏の日射遮へいは、季節によって変わる太陽の動きや角度を計算して、それに適した窓の位置や大きさを決めれば良いでしょう。
窓はパッシブデザインを考える上で、鍵ともなる存在。
適した配置や大きさであれば、冬の間は窓から光を長時間とり込み、うだるような暑い夏には日射熱を入れず、熱が家から排出される仕組みに。
窓だけで調整できなければ、ブラインドやカーテン、シェードなどでも対応できます。
一軒家では窓の近くに木を植えるのも効果的です。夏は葉っぱが日陰を作り、冬は落葉樹だと落葉して日差しを遮らず、常緑樹だと木の葉が北風から守ってくれます。
植物は大気に水蒸気が放出し、周囲を冷やす効果があり、夏は特に涼感を与えてくれます。
パッシブデザインとアクティブデザイン
パッシブデザインを知り、活用するためには、「アクティブデザイン」の存在も知っておかなければいけません。
パッシブデザインとアクティブデザインのバランスが取れればこそ、快適な生活が得られるのです。アクティブデザインとは何なのでしょうか。またパッシブデザインの問題点も見てみましょう。
アクティブデザインとの違いは?
受動的なデザインである「パッシブデザイン」に対して、自分から働きかける能動的な「アクティブデザイン」は、エアコンや照明器具、給湯器などを使って快適な生活をするという考え方です。
太陽光発電など、自然エネルギーの利用はパッシブデザインのひとつと混同されがちですが、さまざまな機器を使ってエネルギーを活用する考え方から、アクティブデザインと捉えられます。
発電しながら給湯できる給湯機器や、エアコンの風を床下に送って床暖房にするなど、機器や方法も進化しています。
省エネルギーという観点から、パッシブデザインと省エネルギーのアクティブデザインを組み合わせた住宅もひとつの選択肢になります。
パッシブデザインにデメリットはある?
パッシブデザインは、すべての条件をクリアして夏の暑さにも冬の寒さにも対応できたら良いですが、実際は課題が残る物件も多いのが現実です。
窓ひとつ取っても、遮熱タイプと断熱タイプがあり、夏と冬の気温差の激しい地域には対応できていません。
光の取り込みのために南側に大きなガラス窓を設置しても、プライバシーのためにカーテンをひいたり、洗濯物を干して光を遮ることになり、効果が得られない場合もあります。
他にも、蓄熱を考えて作っても暖房が欲しい北側の部屋まで熱が流れなかったり、計算した風向きに空気が流れなかったりと、計算外のことが起こるのもパッシブデザインのデメリットと言えるでしょう。
また、パッシブデザインには具体的な基準や条件がないのも問題です。工務店やデザイン事務所を探す時には、具体的にどんな目的でどんな手法を取り入れるのか、しっかり確認する必要があるでしょう。
パッシブデザインの特徴を知って設計士さんと相談をしよう
パッシブデザインを実現するには、自然の力を理解した上で、データの収集と分析をして、地域や立地に応じた建築設計が必要です。
季節や地域の気候、一軒一軒の立地や住む人の感じ方でも快適さが異なるため、課題が多い建築手法です。でも、建築方法をよく検討すれば、最適な方法も見えてくるはず!
設計士さんとよく相談して、快適で、ずっと住み続けたくなる家ができると良いですね。