フィン・ユールはデンマークの建築家および家具デザイナーです。
芸術品ともいえる繊細な作品から「家具の彫刻家」とも呼ばれており、コーア・クリントのデザイン方法論とは異なる、独自の手法でデザインを手掛けました。
この記事では、フィン・ユールの成り立ちやデザインの特徴、代表作について詳しく解説します。
目次
家具の彫刻家フィン・ユールとは?
フィン・ユールは1912年1月30日に、デンマークに隣接するフレゼレクスベア地区にて生まれました。
「ハンス・J・ウェグナー」や「ボーエ・モーエンセン」と同世代ですが、彼らとは異なり木工マイスターの資格は所有していません。
またクリントが提唱するリ・デザインや数学的アプローチを用いた方法にも対抗意識をもち、固定概念にとらわれない挑戦的な作品を数多く生みだします。
そのためクリント派や木工マイスターの一部の人からは批判を受けることも。
それでもブレることなく、生涯にわたり独自のやり方を貫きました。
彫刻家の作品に影響を受ける
ユールは若い頃から美術史に関心をもっており、将来は美術史家になることも視野に入れていました。
特に「ジャン・アルプ」や「ヘンリー・ムーア」といった彫刻家の作品に魅力を感じ「ペリカンチェア」や「ポエトソファー」など、自身のデザインにも反映しています。
デンマーク王立芸術アカデミーの建築科に進学
実業家である父に美術史家になることを反対されたユールは、18歳の時にデンマーク王立芸術アカデミーの建築科に進学します。
当時クリントが家具デザインの教育をメインにおこなっており、彼の提デザイン理論が正統派とされるなか、ユールは流さることなく独自のアプローチを貫きました。
ヴィルヘルム・ラウリッツェンの事務所に入る
1934年ユールは在学中に、デンマークを代表する近代建築家「ヴィルヘルム・ラウリッツェン」の事務所に入りました。
コペンハーゲン「カストラップ空港」新ターミナルや、デンマーク放送局「ラジオハウス」の設計など、さまざまなプロジェクトに関わっています。
ラウリッツェンの事務所では仕事量が多かったため、ユールは王立芸術アカデミーを中退する運びとなりました。
家具職人ニールス・ヴォッターと出会う
1937年キャビネットメーカーズギルド展の初出展にあたり、家具職人「ニールス・ヴォッター」と知り合います。
木工に関する専門知識をもっていないため、個性的なデザインを形にしてくれる優れた家具職人の力が必要だったのです。
ユールは椅子のデザインをほぼ独学で勉強しており、美的感覚を頼りに作品を手掛けてきました。
彼の固定概念にとらわれないアイデアに、ヴォッターは関心と誇りをもってサポートします。
二人の協力関係は20年以上続き、デンマークモダン家具デザインの象徴となる、多くの名作を世に送りました。
フィン・ユールの主な功績
ユールは独自のアプローチ方法を通じて、家具デザイン界で語り継がれる功績を残しています。
ここからは特に有名な功績の数々を解説します。
大作となったフィン・ユール邸
1942年に自邸を建設し「自身がデザインした家具で空間をつくる」という夢を、ヴォッターの協力を得て実現させます。
ユールは家具だけでなく建物にもユニークなアイデアを取り入れました。
部屋ごとに天井の色を変えたり、180度開く鎧戸を設置したり、西日を取り込むため西向きにリビングの開口部を設えたりして、人々の暮らしを中心に設計したのです。
この自邸は大作となりユール夫婦が亡くなったあとも、コペンハーゲンの北部にある「オードロップゴー美術館」の一部として公開されました。
生活していた様子がそのままの状態で保存されているため、デンマークモダンの生きた資料となっています。
デンマークデザインをアメリカに広める
ユールはアメリカでもデザイン活動に励みました。
1954年から57年にわたり北米を回った「Design in Scandinavia」展では、デンマークの展示エリアを担当しています。
このプロジェクトは、アメリカやカナダに向けて、デンマークデザインを広めるきっかけにつながりました。
また1948年に出会った「エドガー・カウフマンJr. 」の協力により、ユールはデンマークの代表的なデザイナーとして、アメリカでも有名になります。
フィン・ユールの代表的な北欧家具4選
美術への探求心が高いユールの作品は、彫刻的であることが共通しています。
腰掛けるのはもちろん、置いてある姿をオブジェのように鑑賞するのも楽しみの一つ。
ここからは、代表的な北欧家具を4つご紹介します。
初期の名作ペリカンチェア
「ペリカンチェア」は1940年にデザインされたラウンジチェアです。
羽を広げたペリカンを思わせる、曲線を多用したフォルムが存在感を放ちます。
先端に丸みのある4本の脚も特徴的です。
一見、見た目重視のように思えますが機能性も抜群。人間工学に基づいてデザインされており、快適な座り心地を実現しています。
発表当初は斬新すぎるルックスから、なかなか受け入れてもらえませんでしたが、現在は初期の名作として多くの人から愛されています。
包容力を感じるポエトソファー
「ポエトソファー」は1941年に誕生しました。
ペリカンチェアと同様、有機的なシートに先の丸い4本のレッグが付いています。
座面は全身を包み込むよう丸みを帯びており、背もたれに施されたボタンがさりげないアクセントに。
デザインと機能性の高さから、ユールは自邸でもポエトソファーを愛用していました。
ペリカンチェアとの相性が良いので、並べて使用するのもおすすめです。
幻の椅子グラスホッパーチェア
1938年にデザインされた「グラスホッパーチェア」。
ヴォッターと初めてキャビネットメーカーズギルド展に出展した、記念すべき作品です。
躍動感ある後方のレッグと、頭部を囲むような背もたれが印象的。
発表当初は一部の人々の間で「バッタのようだ」と隠喩されたようです。
二脚作られたあと人前に披露されることはなく「幻の椅子」となりました。
美しいアームのNo.45
「世界で最も美しいアームをもつ」といわれる「No.45」は、独立後に初めてデザインされた作品です。
シートとフレームは分かれており、肘掛けと脚に隙間ができるため、浮いているように見えます。
ユールならではの美的センスと、ヴォッターの技術力の高さを感じる逸品です。
品格が漂うチーフティンチェア
「チーフティンチェア」はユールが自邸の暖炉の前でくつろぐためにデザインされた、ラウンジチェアです。
「チーフティン」は英語で「首長」を意味します。
1949年の「キャビネットメーカーズギルド展」にて発表され、オープニングセレモニーでデンマーク国王フレゼリク9世が、自ら腰掛けた椅子として有名です。
ウォールナット材とレザーを使用した重厚感のある佇まいが「首長の椅子」という名に、よく似合います。
芸術的な作品を数多く手掛けたフィン・ユール
非クリント派であり生涯において、独自の手法を貫いたユール。
当時は斬新すぎるデザインゆえに、一部の人々から批判されることもありましたが、彫刻的な作品は「芸術」と呼ぶのにふさわしいものばかりです。
手仕事の温もりを感じる優美な家具が好きな人は、ぜひユールが手掛けた名作の数々をチェックしてみてください。